ホームにて – 中島みゆき


ホームにて – Miyuki Nakajima

作詩:中島みゆき 作曲:中島みゆき

ふるさとへ 向かう最終に
乗れる人は 急ぎなさいと
やさしい やさしい声の 駅長が
街なかに 叫ぶ
振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
走りだせば 間に合うだろう
かざり荷物を ふり捨てて
街に 街に挨拶を
振り向けば ドアは閉まる

振り向けば 空色の汽車は
いま ドアが閉まりかけて
灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
ふるさとは 走り続けた ホームの果て
叩き続けた 窓ガラスの果て
そして 手のひらに残るのは
白い煙と乗車券
涙の数 ため息の数
溜ってゆく空色のキップ
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券

たそがれには 彷徨う街に
心は今夜も ホームにたたずんでいる
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券
ネオンライトでは 燃やせない
ふるさと行きの乗車券

大阪駅の10番線ホーム…。
駅舎のもっとも北側のホーム、都心をぐるりと結ぶ大阪環状線のホームから、もっとも離れたホーム。

このホームが、大阪駅の長距離列車の発着ホーム。

夕暮れが近づく…、午後5時過ぎ…。
隣の9番ホームには、京都方面への新快速電車が入り、帰宅を急ぐスーツ姿のサラリーマンやOL達の姿で混み合うラッシューアワーが始まっている。

   ふるさとへ 向かう最終に
   乗れる人は 急ぎなさいと
   やさしい やさしい声の 駅長が
   街なかに 叫ぶ

それに比べて、閑散とした10番線ホーム…。
そして、そこに、静かに、「大阪-青森」と表示されたプレートをつけた、寝台特急「日本海」が入線する。
   振り向けば 空色の汽車は
   いま ドアが閉まりかけて
   灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
夕食用の駅弁に、お茶、缶ビール二本と、缶コーヒー、スポーツドリンク、そして多少のおつまみと、新聞と雑誌を買い込んで、ぼくは、そそくさと乗り込んだ。
人影はまばらで、空席が目立つ車内。
指定席の寝台にすわり、ぼくは煙草をくゆらせながら、車窓からホームを眺めた。

ホームでは、古びたバッグとみやげ物を手にした、年老いた老夫婦と、まだ生まれてまもない、幼子を抱いた若夫婦の姿。
名残惜しそうに、幼子を中心にして、談笑している。
都会で生まれた孫の顔を見にきた両親の見送りだろうか。

ホームの柱の陰には、涙ぐんでいる彼女の肩を抱いて、なぐさめ、元気づけている彼の姿が見える。
遠距離恋愛の恋人たちなのだろうか。

やがて、発車のベル…。
あわてて見送り人たちと別れて、乗り込む人たち。

となりの9番ホームからは、疲れきった顔のサラリーマンや、化粧崩れした顔のOLたちが、まるで別世界に行く、銀河鉄道の列車を見るような、うつろなまなざしで、こちらを見つめている。

ゴト、ゴトリ…と、重たげな車体が揺れて、薄暮の中を列車は静かに動き出し、一足先に帰省している妻子の待つふるさとへと進む。

   走りだせば 間に合うだろう
   かざり荷物を ふり捨てて
   街に 街に挨拶を
   振り向けば ドアは閉まる
新大阪を過ぎ、寝台特急「日本海」の次の停車駅は、京都駅。
ホームに並んでいた、5、6歳くらいの女の子を伴った親子連れらしき女性が、同じ車両に乗り込んできた。
母親は、ぼくと、同い年くらいだろうか。
彼女は、ぼくに軽く会釈して、向かいの寝台に座ったが、女の子は、窓際に立って、しきりにホームの方を気にしている。

やがて、発車のベルがなり、ホームがゆっくりと動き始める。
ホームのはてを過ぎて、女の子は、あきらめたかのように、母親の横にすわり、ためいきまじりに言った。
「ママ…、パパ、やっぱり、来はらへんかったね。」

母親は、ぼくの方をちらっと見やって、それから、やや困惑した表情を浮かべながら、さとすように、子どもに言った。
「だから、仕事が急がしかったら、見送りに行けないからって、言ってたでしょ。…仕事だもん、しかたないよね。」

女の子は、口を尖らせ、不満そうな顔つきをしながら、所在なげに寝台に座って、しばらくは、足をブラブラさせていたが、はずみで靴の片方が脱げ落ちて、ぼくの足元に転がってきた。
ぼくは、靴を拾って、女の子に手渡した。
「あ…、…すいません。…こら、なにするのよ。ダメじゃないの。」
恐縮する母親は、女の子をにらみつけて叱った。

「いや、いいですよ、かまいません。…なっ、外も暗うなって、景色もよう見えんし、ここは、退屈の「クツ」ばかりやもんな。」
ぼくの顔色をうかがうように見ていた女の子は、ぼくが笑ってそう言ったことに、安心して、ぺろっと舌を出した。
そして、甘えた声で、母親に言った。
「ママ、お腹、空いた。早よう、お弁当食べようよ。」

   振り向けば 空色の汽車は
   いま ドアが閉まりかけて
   灯りともる 窓の中では 帰りびとが笑う
彼女たちが、お弁当を広げはじめたので、ぼくも、駅弁を取り出して、それをつまみにして、ビールを飲みはじめた。
見知らぬもの同士ながらも、車内で、向かい合わせに、一緒に食事をしているという気安さから、どちらまで行かれるのですか、という彼女の問いかけをきっかけに、彼女と話が弾んだ。

午後9時過ぎに列車は、金沢に着いた。
金沢駅のホームでは、ときならぬ、雪が舞っていた。
「雪ですね…、この分だと、青森も雪かもしれない。」
車窓を見ながら、ぼくはひとりごとのように、つぶやいた。
窓にへばりつくようにして、降りしきる雪を見ていた女の子は、動き出した列車で思い出したように、母親に尋ねた。

「パパ、あとから、ほんまに来はるんかな。…来はらへんかな。」
その言葉に、彼女は、また、ちょっと顔色を変えながら答えた。
「うん…、だからね、仕事がちゃんと終ったらね…。」

かける言葉に迷いながら、ぼくは、おつまみにと思って買ってあった、チョコレート菓子を女の子にあげた。
女の子は、突然に、手渡されたコアラのマーチに、少し驚きながらも、嬉しそうな顔をして、さっそくに食べ始めた。

それから、また話し込んだ。
下北半島と、津軽半島では、同じ青森でも風土が異なって、下北では、りんごがとれないこと、津軽のように雪深くないこと、同じ東北弁、青森弁でも、下北と津軽では言葉が微妙に違うこととか…。

ときおり聞こえる汽笛の音と、踏み切りの警笛の音をBGMにして。
それから、吉幾三や、松山千春、中島みゆき、谷村新司などのとりとめのない、歌や音楽のはなしなどをまじえて、消灯するまで、話し込んだ。

   ふるさとは 走り続けた ホームの果て
   叩き続けた 窓ガラスの果て
   そして 手のひらに残るのは
   白い煙と乗車券
午前5時半、秋田駅に停車する音で、目が覚めた。
まだ夜明け前だった…。
窓からのぞいたホームには、うっすらと、霜のような雪。
ホームに降り立った人の吐く息が白い。

そして、午前7時過ぎ、弘前駅に着いた。
ホーム越しに見える風景には、ところどころに、雪が残っていた。
そして、そのホームに降り立ち、こちらの車窓を見つけて、母親が微笑みながら軽く会釈した。
女の子がなにかを叫びながら、ぼくの方に、大きく手を振った。
そして、ぼくは、女の子の父親が、あとからでも、ここに降り立ってくれればいいなと願った。
彼女たちが、跨線橋の階段を登りはじめるのを見届けるかのように、列車はまた、動き出した。

   涙の数 ため息の数 溜ってゆく空色のキップ
   ネオンライトでは 燃やせない
   ふるさと行きの乗車券
青森駅は、春も近いというのに、雪が舞っていた。
ホームに降り立つと、冷気が身体を包んだ。
ぼくは、駅のホームにある立ち食い蕎麦の店から放たれる、温かいにおいに、空腹を感じて、ときおり舞い込む雪をトッピングにしながら、熱い蕎麦をすすった。
そして、ここから、東北本線を経由して、野辺地から、大湊線に乗り換えて、一路、ふるさとへ。
   たそがれには 彷徨う街に
   心は 今夜も ホームに たたずんでいる
   ネオンライトでは 燃やせない
   ふるさと行きの乗車券
数日間の帰省は、あっという間に終った。
義父母が青森駅まで、見送りしてくれた。
名残惜しむものたちに、非情の発車のアナウンス。

5歳の息子が、義父母に、バイバイと言って、手を振る。
義父はその息子の手を握りしめて言った。
「バイバイじゃないでしょ。またねっ!でしょ。また来るね!でしょ。」
義父の言う意味がわかって、少し胸が熱くなった。
そう、さよならは別れの言葉…、今度は、いつ来れるだろうか…。
「お世話になりました。…毎年は来れないけど、…また来ます。」
ぼくは、ぺこりと頭をさげて、義父に言った。
「なも、無理しないでさ、元気でえば、い゛い゛から。」
娘である妻も言った。
「父さん、母さんも、無理せずに、元気でね。」

   ネオンライトでは 燃やせない
   ふるさと行きの乗車券

車窓から、ホームに、時ならぬ雪が舞うのが見えた。
そして、そのホームが、静かに動き出して、遠ざかって行った。

寝台特急「日本海」は、1968年(43年)10月に開設された、東海道本線、湖西線、北陸本線、信越本線、羽越線、奥羽本線を経由して、日本海側を縦断し、青森に向かっていく、所要時間14時間あまりのブルートレインの長距離列車です。

なにも、東京・上野発の夜行列車ばかりが、雪の中の青森駅に行き、青函連絡船から、津軽海峡冬景色と、こごえそうな鴎を見ながら、函館・北海道へ行くわけではありません。
大阪からも、ちゃんと行けるのです。(笑)
今では、青函トンネルを通っていて、函館に行くようになり、寝台特急日本海も、「大阪-函館」という表示になりました。

この歌に出てくる駅のホームのモデルというのは、おそらくは、東京・上野駅のことだと思います。
上野駅は、東北・上越新幹線開業までは、数多くの北国行きの在来線の特急が発着していました。
いっとき東北、上越新幹線の始発駅になりますが、やがて、東京駅が始発駅になってからは、途中駅なりました。

中島みゆきさんのふるさと、北海道に行くには、かってはやはり上野発の夜行列車か、寝台特急で、青函連絡船に乗り継いでいくのが普通だったのだろうと思います。

そして、そのホームでは、人知れず、多くの人たちの幾多のドラマが生まれたことだろうと思います。
そして、早春の淡雪のように、消えていったのでしょう。

この曲は、中島みゆきさんのサードアルバム「あ・り・が・と・う」に収録されています。シングルの「わかれうた」のB面と言った方が、分かりやすいかも知れません。

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